いつもの会話

気づいたら、日本のともだちと2時間スカイプをしていた。
たった4ヶ月会わないだけで、何かひとつくらいは始まったり終わったりしているのだなあ、すごく速いなあ。
話すって行為はシンプルにエネルギーの流れを変えてくれるよね。
お互いの近況報告などをおおまかに話しただけだけどね。
内容や言葉の意味なんていうのはオマケで、もっともっと大きな作用がある。
どう考えたって、ワクワクした方を選ぶよね。
結局、いつもみたいにそんな会話をしてたかな?
in Melbourne, Australia 2016/3/31

動くとき

メルボルン、急に寒くなってきた。
夏なら冷える日でもタンクトップ着てたオーストラリア人も、すっかり衣替えしてモコモコしてる。
わたしは夏を追って東へ向かおう。
ひとまずの別れがけっこうあって、旅の宿命って感じだね。
濃い時間の中で何倍速ものスピードで仲良くなって、それぞれの場所に、残ったり去っていったりね。
さ、今日はやらなければいけない事務作業がたくさんだ!
この、「さ!」は魔法の言葉。
惰性のエネルギーや下がり気味の気分をも断ち切って前向きにしてしまう。
さ、動くときだよ。
in Melbourne, Australia 2016/3/29

自分のこと、を超えて

IMG_4739.jpg今夜は満月ですね。
ふと、「自分のこと、を超えたレベル へ」という言葉が浮かびました。
個人的には、欲しいものや手放したいものなどの意識が薄れてきて、本当にただ毎日 人間らしく現実を生きてるなあと感じる近頃です。
宇宙の大きなおおきなスケジュールに動かされて、全自動で流れていくような日常。
はたまた、未来のことを悩み考えたり自分を見つめ直したりしてみるけど、ぜんぶ今という瞬間に軽くあしらわれてしまうような現象。
自分のことを考えるのは、とりあえず必要ないのかも。
ひとつの小さなサイクルが完結し、また新しい章がはじまる予感。
頑張って手に入れなくても、エイっと手放さなくても、もう大丈夫。
変化は、今までより優しく滑らかに自然に溶け込んでいく。
もはや何もしなくてもオッケーだよ。
自分を守ることで精一杯だった人々が、なんともない瞬間にそこにいる人に目がとまり、愛していることに気づく。
あれ、この人は実は私だったんだ。
そんな可愛らしい目覚めが起こるのかもしれないね。
みんな穏やか。いい夜をっ🌝
in Melbourne, Australia 2016/3/23

リレーションシップ

IMG_4196どこできいたのかは忘れてしまったけど、リレーションシップやパートナーシップにおいて「相手の気持ちが解らなくなったら自分を見る。自分の気持ちが解らなくなったら相手を見る。」という法則がある。
わたし自身の中でもこれは真理になっていて、できるだけ冷静に実行している。
相手や自分の気持ちが解らない、なんてだいぶエモーショナルな状況で客観的にみる、という行為。
つまり「他人の振り見て我が振り直せ。他人は自分を映す鏡。」ということ。
こうして先人たちの言葉がずっと残っているとおり、人類の課題なのだよね。
地球にはこれ、人間や感情を学びにきたのだから。
もうちょっとでまたぐるんとひっくり返るね。
in Melbourne, Australia 2016/2/15

パートナーシップ

IMG_4126.JPGお互いにそれぞれの見たことのない世界観を生きてきて、過去と未来をクロスするかのように、きっと今 一緒にいる。
言葉にするととても粗く、語弊もあるけれど、お互いが取り戻そうとしている本来の自分、創造しようとしているストーリー、解放したい感情や 不自由な思考 …などをお互いに写しあい、補いあい、相乗的に体験している。
相手は誰であっても、まったくの”他人”であり、同時に”自分自身”でもある。
まったく違う景色を見て、まったく違うことを感じ、反応し、考え、行動していることをリスペクトする。

影に光を照らしあう相手。
眩しさに怒りを感じるか、素直に目を開けるか。

とにかく、出逢ってしまった、魂の目が合ってしまった相手とは、避けて通れない縁があり、どうにかして一緒に乗り越えたい課題があるのだろう。
パートナーという関係性は、とにかく現実の中では、生活の中ではぶつかって壊しあうことが宿命なのかもしれない。

戦わないこと、まるごと受けいれて楽しんでしまうこと、笑い飛ばしてしまうこと、どうであれ、ありのままのフィーリングで居ることがすべを開く鍵なのだ。

The wave

正解はない。
道が用意されているのではない。
自分で決めたことが答えであり、歩いてきた後ろに伸びているのが道だ。
運命は創造。
美しい生命の雛形の存在。
どんな形の物も造ることができ、どんな現象も起こすことができる。
すべてのはじまりは想像から。

神様いらないかもね

ひとつの扉が閉じたときには必ず新しい扉が開くように、自ら新しい扉を開いたからいつの間にか閉じてしまった扉もあるんだろう。
もしかしたら、それはとても大切に守ってきた物事なのかもしれないのに。
それでも新しい扉が目の前にあらわれて、すこしでもワクワクを感じてしまったら、迷わず開けてしまう。
結果、遠回りなのか近道なのかもわからないオリジナルの、だれにも説明できないラベルの貼れない今しかない道ができている。
なんでも見るために、身体や感情を通してすべてを体験するために、ここにやってきた。
新しい扉の先が好きでも嫌いでも、ぜんぶ楽しめるようになったら敵なんていないから。
もう外には神様と呼ぶ人もいらないかもね。今から神様になっちゃうのもありだよね。いや、ほんとははじめから神様なんだよ。
in Melbourne, Australia 2015/12/16