日記|夏をあきらめて

なんて魅力的で美しくてかっこよくてセクシーなんでしょう。
研ナオコさんの、夏をあきらめて。

吉祥寺に住んでいた子供のころ
母親がこの曲をいつも車の中で聴いていた。

なぜか家から徒歩15分くらいの駐車場を借りていて、
わたしたちは井の頭公園を通って、歩いて帰った。
途中にある古いパン屋さんで、クリームパンを買ってもらうのが好きだった。

夏をあきらめて は
井の頭公園の木々のこんもり湿った感じと、雰囲気が似ている歌だと思っていた。
たいてい夕方のことなので、すこし切なかった。

母は若い頃、あばら骨が浮き出るほど華奢だった。
明るくてちょっと物悲しいようなところも
なんだか研ナオコさんに似ているなあと思う。

日記|春の予感

こんにちは。旅するハーブ調合人、ことり薬草 エコです。
年末には風邪をひき、
年始にインフルエンザにかかり、
身体のデトックス大会だった。
それが過ぎ去ってからは感情のデトックス祭り。
そのドラマの登場人物は、家族。
(ちなみにわたしは未婚。)
愛する家族。
家族という組織は、
主に過去という概念にフォーカスさせてくれる存在だ。
怒りって、過去だよね、完全に過去。
もどかしさは、未来だけどね。
うとましく思えるのは、ほんとうは幸せ。
何はともあれ、わたしたちは、
進まなければならない。
宴もたけなわではございますが、
16日の新月で旧式のこだわりが解けそう◎
春にはいろんな花が咲くね。
ワクワクが弾けきれなくて胸がドキドキすらする、
今はそんな季節です。
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今日も読んでくれてありがとう🙏💕
ことり薬草 はハーブの調合をしています。
https://cotoriherb.thebase.in

セラピストくぼふさこ

ワークショップの打ち合わせで、九段下の『Therapy Station Gate9』へ遊びにきたよ。
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ここでセラピストをしているふさこちゃんとはバリ島で知りあってから10年来の友達で、エンジェル仲間でもあります👼
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後ろに写っているふさこちゃんの師匠の山田先生とも久しぶりに会えた〜(◜◡◝)💜
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お昼ごはんでフードセラピー中

パートナーシップ

IMG_4126.JPGお互いにそれぞれの見たことのない世界観を生きてきて、過去と未来をクロスするかのように、きっと今 一緒にいる。
言葉にするととても粗く、語弊もあるけれど、お互いが取り戻そうとしている本来の自分、創造しようとしているストーリー、解放したい感情や 不自由な思考 …などをお互いに写しあい、補いあい、相乗的に体験している。
相手は誰であっても、まったくの”他人”であり、同時に”自分自身”でもある。
まったく違う景色を見て、まったく違うことを感じ、反応し、考え、行動していることをリスペクトする。

影に光を照らしあう相手。
眩しさに怒りを感じるか、素直に目を開けるか。

とにかく、出逢ってしまった、魂の目が合ってしまった相手とは、避けて通れない縁があり、どうにかして一緒に乗り越えたい課題があるのだろう。
パートナーという関係性は、とにかく現実の中では、生活の中ではぶつかって壊しあうことが宿命なのかもしれない。

戦わないこと、まるごと受けいれて楽しんでしまうこと、笑い飛ばしてしまうこと、どうであれ、ありのままのフィーリングで居ることがすべを開く鍵なのだ。

秋が夏をつれてった

生命をいただいている限り、他者に迷惑をかけないということは不可能だけど、他者のせいにするということは最大の甘えであり、その対象との絶交を意味することでもある。愛に対する反発でもある。
なのにそれさえも赦されているという、愛にはすべてが内包されているということ。
それならばもう感謝しか残っていないのに、感謝しないという選択肢まで赦されている。感謝すら愛に含まれているものだから。

どうしよう、やっぱり愛ってすごすぎる。
ひとまず地球に抱かれて泣いてみるか。
今日の夕方、夏と秋がバトンタッチしたみたいに急に空気が変わったね。
切なくってぼんやりしちゃうね。

卒業

今の段階でひととおり、小さな願いはその都度叶えてきて、やってみたかったことや行きたい場所など、欲しいものは多少強引にでも手に入れてきたように思います。
とにかく時間だけには縛られていなかったことが、一番の大きな理由かもしれません。お金はいつもなかったのに、なぜここまでやりたい放題できたのか、どうやって生きてこれたのか自分でも不思議に思うほど。感謝しきれていない甘い部分でもあるのでしょうか。

研究したい期

tarot
なんだかグゥーッとインプットしたい衝動が、本格的に押さえられなくなりました。
ここ2年間は、アウトプットをたくさんしたかと思います。
今は、外に出てかき集めてきたエッセンスを、内に籠って凝縮させたい。
ハーブティのクオリティもさらに深くしていきたいし、スピリチュアルなツールとしていくために、もう少し自分と向き合う時間が必要。
そんなふうに自負している今日この頃でございます。
ほんと、社会って、実践しながらの終わらない勉強を続けていく、スーパーサバイバルゲームセンターですよね。
自由を手に入れたなら、ワクワクしながら生き残らないとね。
アウトプットの時期ってほんとに本が読めないの。
忙しくしてるときは、特に小説の世界に入っていけない。
まずは気になっていた本、最近手に入れた本、じっくり読むことにするよ。
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花は永遠に今咲いている

家に帰って手を洗っていたら、ジャスミンが香った。
数年前に玄関の反対側に地植えして、あまり目にしない場所に放っておいた。
そのせいで、年々ワイルドになってきている。
そんなジャスミンが、今夜とうとう、『ミニキテヨ!』という言葉をはっきり投げかけてきた。
強い香りに、シンプルな思いを乗せてきた。
濡れた手をタオルで拭いて靴下を脱ぎ、サンダルを履いて外に出る。
隣に植わっているオリーブの木と絡まり合いながら緑はせり出し、白い花をたくさんつけていた。

恋とか愛とか

わたしが今よりもっと幼かった頃、恋をしていた仲よしの男の子がいた。彼には彼女がいた。それでも一緒にいたいときはふたりでいた。それをまわりも(おそらく彼女も)知っていた。
今は別の彼女がいる。先日ふたりに会ったとき、帰り際それぞれとハグをした。彼女のからだは猫みたいにちいさくてやわらかくて、彼はきっと永遠に男の子みたいだった。
そんなことをぼんやり思い出していたら、いろんな奇跡に圧倒されて感動して、正確には胸が光ってどうしようもなくて、とつぜん泣けた。
性的な意味やロマンティックなそれではなく、もちろん異性も同性も関係なく意味すらなく、愛している人は、純粋にただ大すきで、愛している。
愛に付随するすべてはほんとうにちっぽけなもの。本物の愛には、なにもないのかもね。でも毎日まいにち、いろんな形で愛してるね。