ほとんど夢の中

あらゆるリレーションシップのなかで、”与えることと受けとることのバランス” に関して、ヘビーな勉強だ。
ふと内省していた、旅先のあの日。とある思考や心のクセによって何年も繰り返した 行動や現象が繋がり、統合されていった。

期待し合うことを避けるばかりに、相手が差しだしていたものさえも充分に受けとれていなかったこと。

それらがくっきりとひとつに重なりあって模様が描かれるのを、目をつぶって見てた。

気づいてみたら、とてもシンプルな構造をしていた。あっけないほどにもう二度と同じパターンは表現できないのだろう。
傷ついてしまったかもしれない可愛いふたりを赦し、ほんとうはそこに愛のみがあったことを、すべての関係の瞬間に光を送る。

人は魂だけになったとき、人生の終始を客観的なスクリーンの中で観るのだそう。そしてなんと関わった登場人物の立場になり、相手の思考や感情などをひととおり体験するんだとか。
わたしのストーリーの中で彼らは何を感じていたかな。彼らの物語の中でわたしはどんな役者になっていたのかな。そうやってお互いにわざわざ赦し合いつつ、磨かれながら上昇しているのかもしれない。
それならば肉の生々しさや痛さや醜さを、とことん楽しみつくせばいい。
おやすみなさい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です